大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)451号 判決 1963年3月29日
控訴人(附帯被控訴人) 柴田三代治
被控訴人(附帯控訴人) 広瀬繁太郎
主文
原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
本件附帯控訴を棄却する。
訴訟費用は第一、二審及び附帯控訴を通じ被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は昭和三五年(ネ)第四五一号事件に付主文第一、二項及び第四項同旨の判決を、附帯控訴事件に付主文第三、四項同旨の判決を各求め、被控訴代理人は第四五一号事件に付「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決、附帯控訴事件に付予備的請求として「控訴人は被控訴人に対し別紙目録<省略>記載の謝罪広告を原判決主文第一項記載のとおり掲載することを命ずる」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述並に証拠の提出援用認否は、
被控訴代理人において「被控訴人は本件簿記仕訳盤を著わした時より、自己の自覚において之が著作であると自信し、且つ発表したものである。
次に被控訴人の製造販売する簿記仕訳盤(甲第一号証)は被控訴人の商品であり、又控訴人の製造販売する仕訳早わかり(甲第三号証、乙第一号証)は控訴人の商品であつて、販売競争の関係にあり、後者は前者の模造品たる類似品である。次に前者は我国内において昭和二八年頃既に広く認識せられていたものであり、控訴人の模造行為が昭和三二年頃に行われた事実も亦前者が当時広く認識されていたことの証となる。
更に後者は前者の性質を取つて別の名称をつけたにすぎず、その構造内容においても弁別困難で類似品と見るべきものである。著作物には独創性を必要とすると謂つても、如何なる著作物も言葉の組合せを文字にて表したものであつて、それが新しい未発表の独創のものばかりではなく、要は一つ一つの文字又は言葉が組合されてそれが新しい発見であつて、人類のために益する学術的のものであれば著作である。本件仕訳盤も普通一般に使用されている用語の組合せではあるが、その組合せは新しい方法によつて行われたものであり、その用語の組合せと円盤に表した図面との組合せによつて学術的に効用を発揮し社会に益することは普通小説等の比ではなく、過去に発見されなかつた新しい表現方法によつて学究者の求める結果を表示するものであるから、立派な学術的創作であり、著作であると確信する。
かようなわけで控訴人の右類似品の製造販売行為は、被控訴人の製造販売品との間に混同を生ぜしめるものであると共に、被控訴人の営業上の活動とも混同を生ぜしめるものであつて、凡て不正競争防止法第一条第一号及び第二号に該当し、同法第一条の二の適用を受けるべきものである。仍て被控訴人は附帯控訴により予備的請求として別紙目録記載の謝罪広告の掲載を求める」と述べ、甲第七号証の三、第八号証を提出し、当審における被控訴人本人の供述を援用し、
控訴代理人において「不正競争防止法第一条第一号は要するに商品の主体を誤まらせるような行為を禁止するものであるが、本件においては控訴人はその製作品に付ては製作主体を明らかにし決して被控訴人の製作品であるような混同を生ずるものではない。又同条第二号も、他人の周知の氏名標章等他人の営業であることを示す表示と同一又は類似のものを使用し、他人の営業上の施設又は活動と混同を生ぜしめる行為を禁ずるものであるが、本件においてはかかる表示は一つも無く、商品自体にその製作主体を明記しており、混同の虞れは全く無い」と述べ、甲第七号証の三、及び第八号証の成立を認め当審における控訴人本人の供述及び鑑定人太田周夫、城戸芳彦、勝本正晃の各鑑定の結果を援用したほか、
いずれも原判決事実摘示と同一であるから、之を引用する。
理由
被控訴人は昭和六年八月発行にかかるその主張の簿記仕訳盤(甲第一号証)を以て著作権法第一条にいわゆる著作物に該当するものと主張するので、以下この点に付考察する。
凡そ右にいう著作物たるためには、文芸学術若は美術(音楽を含む)の範囲に属する精神的創作物であつて、個性的且つ独創性を有するものでなければならない。又前記仕訳盤は昭和三二年九月七日「簿記の要点仕訳と仕訳盤」全一冊に付して第七一〇二号の一を以て著作権登録を被控訴人名義で受けた事実は当事者間に争がない。しかしながら、この仕訳盤のみを当審における鑑定人城戸芳彦、勝本正晃、太田周夫の各鑑定の結果と対照して考察してみると、右の仕訳盤の放射形区分の中に印刷せられている文章も日常ありふれた取引例を列挙したものであり、又円盤を回転することによつて借方及び貸方の各科目欄に表示される勘定科目の名称、配列、組合せ、仕訳方法も最も初歩且つ典型的なものであり、格別学術的に独創性を有するものではなく、このような普通に専門用語として使用される極り文句に著作権を認めることとなると、その著作者以外は使用できないこととなつて、社会文化の進歩を阻害するおそれもあると見なければならない。かように考えると右の仕訳盤のみを独立して考察の対象とした場合には、先に認定したように昭和三二年に入り、別の書物の附録として著作権登録を受けていることを考慮に入れてみても、尚且つ之を以て独立の著作物に該当するものと見るに足りないと謂うほかはない。原審及び当審における被控訴人本人の各供述によつても以上の判断を覆えすに足りない。
従つて右が独立の著作物であることを前提として、控訴人が昭和三二年八月中発行した仕訳早わかりと題する同種の物件(甲第三号証)を偽作物であるとして、謝罪広告を求める本訴請求は、その余の争点に付審究するまでもなく、すでにこの点において失当として棄却を免れないものであるから、之を認容した原判決は取消すべきである。
次に附帯控訴につき考察すると、被控訴人は控訴人が類似品を製造販売したとして不正競争防止法第一条第一、二号に該当すると主張するのであるが、右各法条に該当するためには、先づ被控訴人主張の簿記仕訳盤の発行行為或はその営業たることの表示が、同法施行の地域内に於て広く認識せられるものであることを必要とする。ところが右仕訳盤に付ては被控訴人において昭和六年八月二六日実用新案の登録を受けたことは当事者間に争がないところであるが、之は登録料の未納のため昭和一三年四月に抹消された事実は原審における被控訴人本人の供述により明らかであり、その他原審及び当審における同本人の各供述、或は被控訴人提出援用の全証拠を精査しても、右法条にいうような広く認識せられていた事実を認定するに不十分である。
却て成立に争のない乙第一号証に原審及び当審における控訴人本人の各供述を総合すると、控訴人は上郡税務署管内の納税者の団体である同署青色申告会の代表者であり、かねて納税者に簿記講習について判り易い手引きを求めていたところ、同会の事務員より「仕訳早わかり」(乙第一号証)を見せられ、之に付大阪の鎌田弁理士に調査を依頼したところ、過去一〇年間に実用新案登録は無いから、発行して差支えないとの返事であり、又右物件に記載の実用新案番号によつてその出願公告を取寄せ、被控訴人の住所氏名を知つたのであるが、住所変更のため所在を知ることが出来なかつたので、そのまま前示第三号証と同様のものを五〇〇部、次いで約四、五ケ月経つて右乙第一号証と同様のものを二、〇〇〇部作りいずれも会員に配布したことが認められる。
以上のような事実関係を総合して考察すると、本件簿記仕訳盤なるものは、控訴人が右仕訳早わかりを発行した当時に於ては、前示各法条に謂う、同法施行の地域内において広く認識せられるものなる要件を欠くと謂わざるを得ないのであつて、本件附帯控訴はその余の争点について考察するまでもなく、すでにこの点において理由がないものと認めるほかは無い。
仍て民事訴訟法第三八六条第九六条第八九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 加納実 沢井種雄 加藤孝之)